最高裁判所第一小法廷 平成8年(オ)274号 判決 1997年2月27日
神奈川県相模原市大沼三二二三番地
上告人
西村紀子
東京都田無市谷戸町二丁目一二番四-二〇八号
上告人
後藤忠司
右両名訴訟代理人弁護士
山口達視
東京都千代田区神田神保町三丁目七番一号
被上告人
株式会社日本建材情報センター
右代表者代表取締役
益川庄造
右訴訟代理人弁護士
久保恭孝
右当事者間の東京高等裁判所平成五年(ネ)第二七四七号貸金等請求本訴、損害賠償等請求反訴事件について、同裁判所が平成七年一〇月一七日言い渡した判決に対し、上告人らから一部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人山口達視の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決の法令違背をいうものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 遠藤光男 裁判官 小野幹雄 裁判官 高橋久子 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄)
(平成八年(オ)第二七四号 上告人 西村紀子 外一名)
上告代理人山口達視の上告理由
第一、序
原判決は、第一審判決に比較すれば、上告人らが開発・創作したJAMICシステムの内容についての正確な理解と判断があり、判決主文において上告人らの著作権の存在を確認したことは高く評価できるものである。
しかしながら原判決には、一、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認、二、判決に影響を及ぼすことが明らかな判断の脱漏があり、三、ひいては憲法第二九条第一項著作権法第一条に違背するものであり、破棄されるべきものである。
第二、上告理由その1 事実誤認について
一、上告人らの反訴請求における争点は、一、被上告人会社設立に際してのいわゆる共同事業契約の内容として、JAMICシステムの無償使用の許諾がなされたか否か、二、上告人らが被上告人会社を退職したことをもって、共同事業契約が合意で解消されたか否かという、契約内容の解釈についての争いである。
二、これについての原判決の判断によれば、
「被控訴人(以下、原判決を引用する場合には、当事者の表示は原判決のとおり表示する)が旧会社から事業を引き継いでJAMICシステムの販売活動を継続していく こととされ、被控訴人において無償でJAMICシステムを使用できることが当然の前提と なっており、被控訴人が控訴人らに対して右システムの使用料を支払う旨の交渉がなされた り、支払いの合意がなされたことはなく、前記控訴人らを含めた関係者間では、会社の事業から上がってくる利益を株式持分割合に応じて分配することが予定されていた」
「被控訴人会社設立に際し、控訴人らを含む出資者間において、被控訴人が旧会社の事業を承継してJAMICシステムの販売活動を展開していくこと、そのために、被控訴人において旧会社が使用していたJAMICシステムを無償で使用することが前提とされており、すなわち、被控訴人がこれを無償で使用することが許諾されていたということができる」
「被控訴人はJAMICシステムの販売の事業をすることを主たる目的として設立されたものであって、控訴人らにおいて被控訴人会社を退職したからといって、これによって直ちに会社の事業が終了するというような意味での共同事業契約がなされたと認めることはできない」
「控訴人らが役員に就任しなかったこと、(中略)控訴人西村が被控訴人会社を退職したことは当事者間に争いがないが、そうであるからといって、共同事業契約が解除されたものと認めることはできない」
として、いずれも上告人らの主張を排斥しているが、この認定は契約の解釈において重大な事実誤認がある。
三、上告人らは、JAMICシステムの開発に膨大な時間と費用を費やしているが、このため昭和五八年一一月ころには、数千万円の負債を抱えその返済を迫られていた。
このような状況にあった上告人らが、ヱスビー食品側からの資金援助によってJAMICシステムの事業を継続することができるようになるからと言って、未来永ごうにわたってJAMICシステムを第三者(被上告人)に無償で使用させる、しかも上告人らがこの事業から手を引いて無関係になった後もそのまま継続して第三者にJAMICシステムを無償で使用させる、というようなことに同意するであろうか。
経験則上、苦労して開発した財産を無償で他人にくれて遣るような合意は、契約の合理的な解釈としてはあり得ないところであるし、原判決の認定によれば、あまりに上告人らに不利益な結果となり、到底承服できないところである。
JAMICシステム使用に関する交渉や文書の作成がないことは事実であるが、これは上告人らの要求をヱスビー食品側が無視した結果、交渉もされず文書も作成されなかっただけである。
四、上告人らとヱスビー食品側間の共同事業契約の推移を見れば、ヱスビー食品側が、何らの費用も支払わずに上告人らが開発したJAMICシステムを取り込み、最終的には上告人らを被上告人会社から排除してJAMICシステムを独占使用をしているのが現実である。
共同事業を始めるに際し、ヱスビー食品は大企業であるから、通常は、JAMICシステムの使用料の取り扱い等を含めて、顧問弁護士を立ち会わせて当事者間の基本的な合意を書面化するべきところ、顧問弁護士を立ち会わせず、そのような書面は上告人らの再三にわたる要求にもかかわらず一切作成されなかったこと、当初上告人らを被上告人会社の役員に就任させる約束があったにもかかわらず、結局は役員にさせず、被上告人会社の経営の中枢から排除したこと等の経過を見れば、ヱスビー食品側が資金援助を口実にして、法律的な知識に乏しく、自己を守る力が弱い上告人らをうまくごまかしたというのが本件の本質である。
五、更に、仮に上告人らがJAMICシステムの無償使用に同意したとしても、上告人らが被上告人会社から排除された経過を考慮すれば、上告人らが被上告人会社を退社して共同事業体から無関係になった以降も、被上告人会社が、無償で、永久に、JAMICシステムを使用できるとすることは、著しく上告人に不利益で、被上告人会社に有利な結果となる。法はこのようなアンバランスを許容するべきではない。
共同事業契約の合理的な解釈として、共同事業体が解体した時点をもって、JAMICシステムの使用許諾に関する合意もその効力を喪失したと解釈すべきである。
民法第五九七条第二項但書(使用貸借における目的物の返還時期)の規定によれば、契約に定めた目的に従って使用収益をするに充分な期間を経過したときは、借主が使用収益を終わらない場合でも、貸主は目的物の返還を請求できると定めている。
これは、民法が、無償使用の状態を長期間にわたって保護すべきではないという立場に立っているからである。この民法の規定を本件に適用すれば、本件においてはこれ以上被上告人の無償使用の状態を法的に保護するのは法の精神に反するところである。
第三、上告理由その2 判断の脱漏について
一、上告人らは、「控訴人らの被控訴人に対する右(JAMICシステムの使用)使用の許諾は無償ではなかったのにかかわらず、被控訴人は使用料についての協議に応じず、現在に至るまでJAMICシステムを無償で使用、販売している。控訴人らは被控訴人に対し、平成五年一月二二日付反訴状で被控訴人の背信行為を理由として本件使用許諾契約を解除する旨の意思表示をし、右書面は、同月二六日被控訴人に到達した」との主張をしている。
この上告人らの主張の要点は、JAMICシステムの使用については、有償であれ無償であれ、明確な合意は全くなく、昭和五九年六月から一〇数年間も無償で使用を継続して来たのであるから、少なくとも被上告人は使用料の支払いに関し誠実に協議すべき立場にあったものであるにもかかわらず、被上告人はこの協議に一切応じようとしないのは背信行為であるというところにある。
二、この点について、原判決は、そもそもJAMICシステムの使用に関し、上告人らは無償使用を承諾したものであるから解除権が発生しないという論理を取っているものと推測されるが、いずれにしても明確な判断をしていない。
三、既述のとおり、上告人らが被上告人会社を退社した後も、被上告人はJAMICシステムを、無償で、永久に、使用できるという結果はあまりに不自然である。
仮に、共同事業体のスタート時においては、JAMICシステムの無償使用が合意されていたとしても、元来他人の財産を無償で使用している被上告人会社においては、昭和六二年度第四期決算においては、JAMIC事業部門は黒字に転換したのであるから、継続的な契約関係にある当事者として、使用料の取り扱いについて上告人らと協議すべき義務があると言える。しかしながら、被上告人は本件訴訟の係属中においても、使用料の支払いに関し全く協議に応じようという姿勢を見せない。
四、結局、JAMICシステムの無償使用を前提としても、原判決が解除権の存否についての判断をしなかったことは違法であると言える。
第四、上告理由その3 著作権法違反、憲法違反について
一、JAMICシステムは、上告人らが膨大な時間と費用を費やして開発した知的所有権であり、そのシステムのうち、工事別分類項目表及びJAMICシステム工事分類項目別メーカーリストについては、原判決が認定するとおり、上告人らに著作権が存し、この上告人らの著作権は最大限保護されるべき権利である。
著作権法第一条は、「この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的とする」と定め、著作物の保護と利用のバランスを図っている。
更に、憲法第二九条第一項によれば、「財産権は、これを侵してはならない」と定め、公共の福祉に反しない限り、財産権は最大限保護されるべきことをうたっている。
二、ところが、原判決の認定に従えば、上告人らの有する財産が他人に無償で永久に使用されることを容認することになり、上告人らは、著作権法、憲法の保護を全く受けられないことになる。原判決の認定は、著作権法の精神と憲法に違背する事は明らかであり、破棄されるべきである。
以上